こどもと教師とでひらく
表現の世界

松本千代栄編著
大修館書店

 
こどもたちへの温かで優しいまなざし
 昭和16年(1941)、東京女子高等師範学校を卒業した編著者の松本千代栄は、奈良女子高等師範学校附属小学校にダンスを教える教員として赴任した。当時のダンス授業の様子は、松本が体育館でピアノを弾いて待っていると体育館に入ってきたこどもたちがすぐさまピアノの音に合わせて走ったり踊ったりして楽しみ、音が止むとピアノの周りに集まって座るというもので、その指導は、こどもの身体からあふれ出る自由で伸びやかな表現の可能性を引き出すものであった。
 本書は、そういった豊かでみずみずしいこどもたちの身体表現をどのように指導すればよいかを学ぶことのできる指導書であり、実証的な授業研究の成果をふまえた運動とイメージの連合が舞踊の動きであるという理論が簡潔にまとめられた理論書でもある。松本は、昭和22年(1947)戦後初の学習指導要綱においてダンスを「教材」を教える指導から自己表現の学習へと転換させ、それ以降現在に至る日本の舞踊教育を牽引してきた。松本が本書で「"表現の世界"こそ、こどもと教師が、人間として対しあい、互いの心を熱して生きる喜びを問うこと」と述べているように、掲載されているこどもたちの写真からは無垢で力強い身体表現が立ち現れてくる。1985年の刊行だが、こどもたちへの温かで優しいまなざしに支えられた指導内容と方法を、こどもの身体性、感性、知性の発達に関わる全ての人たちに、今だからこそ読んで欲しいと思う一冊である。
 

放送大学東京足立学習センター所長
お茶の水女子大学名誉教授 猪崎弥生